2012年1月17日 (火)

3年後の世界から

3年と3か月ぶりのエントリです。

留学から帰国して、再び働き始めてから3年以上経ちました。振り返ると2006年から2008年という留学期間は、いま興隆を極めているソーシャルメディアがアメリカやイギリスで台頭を始めた頃だったと言えます。自分は2006年にロンドンに行ってすぐFacebookを始め、ツイッターに初めて触れたのも留学中でした。

テクノロジーがコミュニケーションにおける地理的な制約を取っ払い、世界にまたがる「つながり」を可能にしつつある中で、こうしたサービスがバッと普及していく様を現地で身を持って体験できたのは、とても貴重な機会だったと思います。帰国直後よりも最近になってより強く感じるのですが、留学をひとつの契機として、メディアやコミュニケーションはもちろん、それを支える人と人とのつながりやテクノロジー、そしてそこから生まれる面白いアイデアといったことに対する自らの視点や姿勢は確実に変わりました。詳細は記しませんが、自分ではこの変化をとてもポジティブにとらえています。

さて、前置きが長くなりました。今回久しぶりにこのブログを書くことにしたのは、部屋の整理に伴い、留学時に使っていた本を思い切って手放すことにしたからです。今でもここを読みに来てくれる方がそれなりにいることを知り、もしそうした本に興味のある方がいたら、AmazonやBookoffに売るよりもその人にお譲りしたいなと思っています(本自体は無償でお譲りしますが、郵送が必要な場合は、その費用はご負担いただきます)。

対象は、これから留学をしようとしていたり、自分でメディアやコンテンツビジネスのことを学びたいと思っていたりする方です。転売目的などの場合はお断りします。いずれも最新の本ではありませんし、中には僕が赤線などでマーキングしたものもありますが、大学院の授業で薦められたり、自分が興味を持って揃えたものです。Amazonのリンクと合わせて書名を記しますので、もしご興味のある方がいたらコメント欄にご連絡下さい(一般向けには公開しません)。堅苦しいことは言いませんが、欲しい本の書名と、どういうことをするためにその本を読みたいのかを簡単に記していただけると嬉しいです。また、ご連絡をいただいても先約で埋まってしまっていたという場合もあり得ますので、その点はご理解下さい。

「コンテンツビジネスマネジメント Ver2.0」

「The Movie business Book Third Edition」

「This Business of Television」

「Entertainment Industry Economics: Seventh Edition」

「Convergence Culture」

「Television Disrupted」

「The Entertainment Marketing Revolution」

「Brand Management 101」

「Advanced Brand Management」




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2008年10月 5日 (日)

おわりに

2年間続けてきたこのブログも、今日が最終回です。どんなことを書いていくかとか、どこまで続けられるかといったことを特に考えずに始めたブログですが、何とか形になるところまでたどり着くことができてほっとしています。

もともとブログを始めようと思ったのは、自分で情報発信できるという面白さに加えて、パーソナル・メディアとしてのブログというものに興味を持ったからでもありました。個人が自分の体験を好き勝手に書いてネットに上げていくというスタイルのメディアを通して、現実世界ではつながりのない人の興味を惹いたり、何らかの交流が生まれたりすることがあるんだろうかという関心です。

「そうそう頻繁に起きることではないけれど、ブログを介したつながりというのは生まれ得る」というのが今の自分なりの結論です。決して一般受けするようなテーマや内容のブログだとは思いませんが、それでも中には興味を持ってくださる方もいれば、連絡をいただいた方もいました。インターネットというメディアが持つ可能性の一端に触れた気がします。

僕の留学生活は、もともとお付き合いをいただいていた方々はもちろん、そうしたネット上で生まれたつながりからも支えられながら送り通すことができたと思っています。本当にお世話になりました。

またこうしたブログをどこかで始めるような機会があればこの場でお知らせしますが、留学生活の記録はここで締めくくることにします。どうもありがとうございました。

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2008年10月 4日 (土)

さまざまな決断

留学に行く前、「会社を辞めて留学することを人に薦められるか」と自問したことがあった。その時の答えは、経済的・社会的リスクや将来の不確定要素を考えれば、決して気安く薦められるものではないというものだった。それから2年間経って留学生活を終えた今、同じ質問をされたらどう答えるだろうか。ちょっと考えてみることにした。

結論を言うと、「やはり簡単には薦められない」というのが今の思いだ。特に、もし留学後はそのまま現地に残って働きたいという相談を受けるようなことがあれば、それは不可能ではないけれど特殊な技能などを持たない限りはかなり厳しい道になると答えるだろう。

一方で、留学後の進路全体について言えば、「留学生活を送る中でそれまでは気づかなかった新たな可能性が開けて来ることもあり得る」とも考えている。全ての人にあてはまるわけではないかもしれないけれど。

リスクとチャンスのどちらに主眼を置くとしても、退職して留学するということは、その後の自分の生活全体に関わる重要な決断を幾度もしなくてはいけなくなるということでもあるんだなと、この2年間を振り返って強く感じる。もちろん、普通の会社勤めをしていても、結婚や家の購入など、大切な決断をする機会はある。でも、こと自分のキャリアに関して言えば、崩れつつあるとはいえまだまだ強固に年功序列のシステムが残っている日本の企業では、そこに入ることを決めた時点でキャリアの主導権は自分から会社に移行する。それが良いとか悪いということではなく、一生をひとつの会社で勤め上げる人はキャリアについてはあまり大きな決断をする機会が少ない(別の言葉で言えば、自ら決断をしなくて済む)と言える。

でも、会社を辞めて留学するとなれば、それ自体がひとつの非常に大きな決断だということは言うまでも無く、どの国のどの大学に行って何を専攻するのかをまず決めなくてはいけない。そして、留学中に自分の時間やエネルギーをどこにどれほど振り分けるのか、留学後にその国に残るのか帰国するのか、勉強を続けるのか仕事を探すのか、就職するのであればどんな業界/職種を探すのか、その中で最終的にどこを自分の進路とするのか。こうしたことは、全て自分の責任で決めなくてはいけない。これも単純な良い・悪いの話ではなく、(100%ではないにしろ)自分で決める自由がある一方で、それが上手く行ったとしても行かなかったとしてもその結果を受け止めるのは自分しかいないということだ。会社勤めという安定した地位を捨てて留学するということは、自分の責任で大切な決断をしなければいけない機会が大幅に増えるということでもある。

このブログには、この2年間で僕がしてきたそういう決断がいろいろと書かれている。その時々には目の前のことをどう決めていくかで精一杯だったし、そこで迷っている様子などはあまり記されていないかもしれない。でも、そんなひとりの体験が、留学を考えている人が何かを考え、決めていく上で少しでも役に立てばいいなと思う。

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2008年10月 3日 (金)

職探しのスケジュール

留学中から仕事が決まるまで、職探しに関連していつ、どんなことをしてきたのかというスケジュールを簡単に書いておこうと思う。少なくとも留学中はあまり熱心に仕事を探していたとはいえないし、僕が在籍していたプログラムは1年目がイギリス、2年目がアメリカと国をまたぐカリキュラムだったので、あまり一般的な参考にはならないかもしれないけれど。

2006年9月~2007年6月(ロンドン)
■とにかく勉強が大変だった1年目。
■就職活動らしきことは何もせず(2年目をアメリカで過ごす以上、卒業後にイギリスで働くことはないと思っていた)。
■インターンやキャリアフォーラムとは無縁。

2007年7~8月
■夏休みは通常インターンシップなどをする学生も多いのだけど、アメリカへの引越しとそこでの生活立ち上げ、イギリスの大学向けの卒論書きで終わる。2年間を通じていちばん大変だった時期。

2007年9月~12月(ロサンゼルス)
■新しい大学の授業やシステムに体と頭を慣らす。
■ボストン・キャリア・フォーラムに申し込むも、大学のリポート、プレゼンと重なったため行かず。

2008年1月~3月(ロサンゼルス)
■大学にも慣れてきたのでインターンでもしようかなと探し始めたけれど、レジュメを送ったりしているうちに授業が忙しくなってきたので断念。同時に、アメリカで仕事を探すのは相当厳しいぞということを実感し始める。
■日本の転職サイトにいくつか登録。卒業後の進路について考え始め、情報収集を始める。
■「スカウト・メール」をもらったところや自分で見つけたところなど、いくつか個別の転職支援会社に登録する。
■イギリスで知り合った日本人(すでに日本に帰国)から、「自分は活動の開始が遅すぎて苦戦しているから、春休みぐらいに1度日本に帰って転職エージェントの話を聞いておいた方が良い」とアドバイスを受ける。

2008年3月下旬(東京)
■春休みにほんの数日の帰国をして転職エージェントを回る。「ここは役に立たなそうだな」というところもあれば、「この会社の対応はしっかりしているな」というところもあった。
■自分が目指すメディア・エンターテインメント業界のマネジメントに関する求人は、あまり転職支援会社からは紹介してもらえそうにないなという感触を得る。また、本帰国まで3~4ヶ月あるこの時期には、情報収集はできても実際の応募には早すぎるということがわかる。
■某転職エージェントの「転職活動には苦労すると思っていた方が良いですよ」という言葉が頭の中を反復。卒業後の進路は大丈夫かな、と一番心配になった時期。

2008年4月(ロサンゼルス)
■卒業後のことが気になりつつも、ボリュームたっぷりの大学の課題たち(卒論、期末エッセイ×3、プレゼン×3)に忙殺される。
■卒業後の選択肢を広めるため、OPTビザの申請をする。

2008年5月(ロサンゼルス)
■アメリカと日本の両面で仕事探しを本格化させる。
■アメリカで良い仕事があれば1年間OPTで働くのもありかなと思いながら応募するも、ほとんど音沙汰なし。
■メディア関連の日本の会社のウェブサイトを見て求人を探す。

2008年6月(ロサンゼルス)
■帰国して日本で仕事を探すと決断。
■日本の会社に応募を始める。この時点で、転職支援会社には頼らず自力で行こうという方針をほぼ固める。
■「映像コンテンツのデジタル展開、国際展開に実務家として携わる仕事」という仕事探しの方向性が固まる。
■帰国後に面接をしてくれるという連絡をいくつか受ける。
■帰国。

2008年7月~8月(東京)
■応募と面接を進める。自分の決めた方向性の中で受ける企業の幅を広げ、その中でどういう方向から映像コンテンツにアプローチをする仕事が良いのかを模索する。

2008年9月(東京)
■いくつかのオファーをいただく。
■行き先を決めて、就職活動終了。

振り返ってみて、大きなポイントになったなと思うところが2つある。まず、3月に一時帰国した時に転職エージェントの人から言われた「苦労しますよ」という言葉。これは意地悪ではなくこちらのことを思って言ってくれた言葉だ。自分の中でも漠然と「仕事探しは大変だろうな」とは思っていたけれど、ストレートに言われたことで、突然それが実感に変わった。「本当に大丈夫かな」とかなり不安になったのは確かだけど、この言葉を聞いてから仕事探しが本気モードになったのも確か。そういう意味では、この時期に厳しい言葉を聞いておいて良かったと思う。

もうひとつのポイントは、帰国前後の時期に「映像コンテンツのデジタル展開、国際展開に実務家として携わる仕事がしたい」という軸を自分の中で決めることができたこと。例えばテレビ局とか映画会社というように、「会社」を基点に仕事を探そうとすると、どうしても対象が限られてしまう。でも、「仕事」という観点から探してみると、ゲーム業界だって対象に含まれるし、技術面でデジタル展開を支える会社といった選択肢も現れてくる。この方向性の大枠を考え出したことにより、それ以前よりも応募対象になる会社がぐっと増えた。そして実際にそういう会社から面接通知の連絡が来るようになる中で、「どこかしらで働く場所を見つけることはできそうだな」という自信が生まれるようになった。「会社探し」から「仕事探し」に意識を変えることができたのは、転職活動が上手くいった要因のひとつだと思う。

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2008年9月30日 (火)

このブログのこと

このブログは、会社を辞めて留学することを決めた時から書き始めた。それから2年間が経ち、留学を終えて無事に次の進路を決めることができた。ちょうど区切りがついたので、ここで店仕舞いをすることにした。タイトルからしてもこれ以上続けていくのは不自然だし。

仕事を見つけるところまでを含めたまとめの感想など、まだいくらか書いておきたいことが残っているので、それはきちんと記しておくつもり。あと少し、お付き合い下さい。

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2008年9月29日 (月)

職探し終了

勤め先が決まった。仕事開始は11月から。無事、自分が希望していたメディアの世界で仕事を見つけることができた。

帰国してからここまで来るのに3ヶ月かかった。僕より3年ほど先に留学した友人は、帰国後2ヶ月半で仕事が見つかって早い方だと言っていた。だとすれば、3ヶ月というのもそんなに悪くない時間なのかもしれない。

ボストンやロンドンなどで行われる日本人学生向けのキャリア・フォーラムを上手く利用したり、MBAで1年目の夏休みにインターンをした企業に卒業後入社するといった人であれば、卒業前に内定をもらうことも可能かもしれない。でも、そんなことができるのはごく一部の人だろう。それに、僕が探していたメディア関連の企業はこうした海外のジョブ・フェアーなどにはほとんど参加することがない。実際、昨年ロンドンで同じ学部にいた日本人の知人(彼は1年コースだったので昨年の夏に卒業)は、帰国後10ヶ月近く経つ今年の夏まで仕事が決まらなかった(それでも、ちゃんと希望する仕事に就くことができた)。仕事探しには運や縁、タイミングも大きな要素となる。

ともあれ、今後の行き先が決まったことで、この留学生活もいよいよ終わりを迎えることになる。安心したのはもちろんだけど、そうなると現金なもので、今度はどこにも所属していない今の身軽な暮らしがあと少しで終わってしまうのかという寂しさを感じたりもする。これからは少しずつ「社会復帰」への準備をしつつ、残されたわずかなフリータイムをいかにして充実させるかということが大きなテーマになる。

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2008年9月25日 (木)

「優しくない」公共交通機関

岡山から家族が遊びに来ていたので、しばらくブログの更新を休止していた。休もうと思っていたわけではないのだけれど、2歳の子どもと1日中遊んでいるとなかなかこちらも疲れてしまい、ついつい夜もそのまま寝たり、といった日が続いていた。

ところで、今回は子どもを連れて都内のいくつかの場所を回る用事があったのだけど、公共機関がいかに子連れ用に向いていないのかということを痛感した。入口が2段の階段になっているのでベビーカーをよいしょと持ちあげないと乗り込めないバス。小さな子どもと一緒だと何となく肩身の狭い思いをしなくてはいけないバスや電車の車内。ホームと改札、改札と出口の間のエレベーターがないJRや地下鉄の駅(多数)。どの方向に進めばスロープやエレベーターがあるのかといった表示が全く見当たらない巨大ターミナル駅。今回は親が2人揃っていたからまだいいものの、これが母親と小さな子どもだけでのお出掛けだったりしたらかなり大変だっただろう。

時間に正確だとか、交通網が張り巡らされていて電車とバスを乗り継げば大抵のところに行くことができるといった点は日本の交通機関の大きな強みだ。でも、それはあくまでビジネスマンなどの視点から考えられた効率面での話であって、「交通機関が人に優しい仕組みになっているのかどうか」というのはそれとは全く違う話なんだなと実感した。経済成長率云々よりも、そろそろ「暮らしやすさ」に目を向けた方がいいんじゃないだろうか、この国は。

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2008年9月18日 (木)

「シティ・オブ・メン」

「シティ・オブ・メン」というブラジルの映画を見てきた。5年ほど前に公開されて大反響を呼んだ「シティ・オブ・ゴッド」のスタッフが作り上げた姉妹編的な作品だ。

フェルナンド・メイレレス監督をはじめとするスタッフは、
①「シティ・オブ・ゴッド(映画版)」、
②「シティ・オブ・ゴッド(TV版)」そして
③「シティ・オブ・メン」
という3部作で、リオデジャネイロの貧しいスラムで生きる少年・青年たちの暮らしを描いてきた。邦題のつけかたが非常にややこしいのだけど、①と②③はストーリー的には関係なく、②と③は関連している。②のTVシリーズの3年後が③という設定で、この2作は同じ2人組が主人公だ。

映画版の「シティ・オブ・ゴッド」(①)は、人の手から逃げ出した鶏がスラムの曲がりくねった細い道を激しく駆け下りて行き、拳銃を打ち鳴らしながら若者たちがそれを追いかけていくという場面で始まる。その生々しさと臨場感を伝えるカメラワークが秀逸で、一気に映画の世界に惹きこまれた。非常に印象的なシーンだ。

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映画自体は強盗、殺人、ギャングの抗争が続くかなり暴力的なものなのだけど、「20歳まで生きられれば幸運だ」と言われるスラムの中で、混沌とした生活を送りながらもどことなく陽気さを感じさせるような作中の雰囲気は、他の映画では見たことのない鮮烈なものだった。ハリウッド映画とは全く違うし、「テレノベラ」(中南米で作られるメロドラマ)とも異なっている。

そして、留学から帰ってきたこの夏にちょうどシネフィル・イマジカでテレビ版の「シティ・オブ・ゴッド」(②)(全9話)が放送されていて、これもまたもの凄く面白かった。アセロラとラランジーニャという2人の15歳の少年が主人公で、映画版ほどは暴力的でない。ここでは、争いよりも少年たちのスラムでの日常生活や友情が主に描かれている。地上波のテレビでもぜひ放送して欲しいと思うぐらいの傑作だ。深夜枠にはぴったりだろう。

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そして、テレビ版の完結編ともいえる映画「シティ・オブ・メン」(③)。ここでは主人公の2人が18歳に成長している。もう「子ども」と見なされる年頃ではなく、2人とも②の時のような底抜けの明るさだけで生きていくわけにはいかない。やがて2人はスラムのギャングたちの抗争に巻き込まれていくことになる。一方で、ラランジーニャは行方不明だった父親と再会し、アセロラには2歳になる子どもがいるなど、家族、特に父親と息子の結びつきという点もこの映画を貫く大きなテーマになっている。親になると自分もどうしてもその立場から映画を見ることになるんだな、なんて思いながら鑑賞していた。

①②③のどれも本当に面白い。しかも、他の映画やテレビ番組とは一味違ったユニークさを持つ作品だ。もし「シティ・オブ・メン」の映画を観に行こうとしているのなら、その前に②のDVDを借りて見ておくとより主人公の2人に感情移入ができるかもしれない

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2008年9月17日 (水)

デジタル・フォトフレーム

父親の誕生日に、デジタル・フォトフレームをプレゼントした。最近少しずつ普及し始めている、デジカメの写真を入れ込んで表示させる写真立てだ。アメリカにいた時に自分たち用に買ってみたものがなかなか良かったので、うちの子どもの写真をたくさん入れて親にあげたら喜ぶだろうなと思ってもう一つ別なのを買うことにした。

今回購入したのはこれ。

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価格はちょうど1万円程度と安めの部類だけど、1ギガのメモリが内蔵されているのでかなりたくさんの写真を入れ込むことができる(ものによっては内蔵メモリがほとんどなくて、いちいちカメラのメモリーカードや写真データが保存されたUSBなどを差し込まないといけないのもある)。息子が生まれてからこの夏までの2年分の写真を600枚ほど入れて父親に渡したら、とても喜んでくれた。孫の写真だから、いくら見ても見飽きることはないだろう。

デジカメを使うと、枚数を気にせずにシャッターが押せるので枚数がどんどん増えていく。でも、実際にプリントアウトするのは本当に気に入った写真などごく一部だけだ。それに、パソコンを開いて写真をスライドショーで見たり、テレビにデジカメを接続して鑑賞会をするといったこともそうそう頻繁に行うものではない。だから、コンセントに差し込まなくてはいけないとはいえ、気軽に持ち運べて、大量の写真が保管できて、それが自動的に切り替わっていくというデジタル・フォトフレームのコンセプトは、かなり良いところを突いているんなんじゃないかと思う。

今回買ったモデルにはカレンダーや時計の機能もついているし、スピーカーもあるのでMP3などのファイルを保存すれば音楽を聴くこともできる。でも、もう60歳を過ぎているうちの親の場合は、そういうことはせずに純粋な写真立てとして使うつもりのようだ。それに、近々親戚の人たちと一緒に行く予定の旅行にデジカメとこのフォトフレームを持って行けば、撮影した写真を夜フォトフレームで鑑賞することができる(デジカメのSDカードをフォトフレームに入れればすぐに見ることができる)とも言っていた。たしかに、そんな使い方も便利そうだ。僕のように「孫の写真を入れたデジタル・フォトフレームをおじいちゃん・おばあちゃんにプレゼントする」というのが購入のひとつの王道パターンらしいので、もしかしたらこういうものは多機能化・高性能化するよりもシンプルさと使いやすさを追求した方が人気が出るのかもしれない。

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2008年9月16日 (火)

「タイミング」の大切さ-3

これは書くまでもないことだなと思っていたんだけど、昨日のリーマン・ブラザーズの破綻とバンク・オブ・アメリカによるメリルリンチの救済買収のニュースを見て、やっぱり書いておくことにした。

これによって世界的な株価の暴落が起きたと同時に、為替市場は大幅な円高になっている。円高は日本からの留学生にとってはありがたいことではあるけれど、為替が弱くなった国というのは大抵経済が落ち込みつつある国でもある。だから、そういう国に留学すると、卒業後そのままそこで仕事を見つけることが難しくなる。もちろん、卒業する頃には景気が良くなってたくさん人を採るようになっているかもしれない。でも、そんな時でさえアメリカやイギリスで修士号を取った日本人が現地で仕事を見つけるのは決してたやすいことではない。だから、景気が悪い時は状況はさらに厳しくなる。

例えば、僕が今年の春にLAで会ったMBAに通う日本人は、日本の証券会社(外資系を含む)で20年以上のキャリアを重ねた後に退職してきた人だった。できればこの夏に卒業した後はアメリカの証券会社で仕事を見つけたいと話していたけれど、その時点でもうアメリカの証券業界では仕事の口がほとんどないとも言っていた。

ひと月ほど前に話した日本の某外資系メディアで働く人(アメリカ在住の経験あり)は、アメリカの金融危機の底はまだこれからだろうと読んでいた。その人曰く、近年のアメリカ人の消費習慣にはものすごいものがあり、その仕組みは次のようになっているそうだ。まず家を買って、家が値上がりすることを前提にしてそれを担保に借金し、そしてその借金で車や家具をはじめとした身の回りの物を買っていく。だから、サブプライムで住宅ローンの方は弾けたけれど、これからは住宅を担保にして借りた借金にまで問題が広まってくるのではないかというのがその人の見方だった。もしそうしたことが起きれば、それは恐らく商業銀行に大きな影響を与えることになるのだろう。

僕は金融とか経済のことには全く詳しくはないけれど、こうした話を聞くと、テレビや新聞などで盛んに言われている「来年の半ばにはアメリカの経済は持ち直す」という説明はどれほど信憑性があるんだろうという気にもなってくる。

企業の採用活動が景気によって大きく左右されるのは周知の事実だ。心配しすぎても始まらないけれど、これから留学してその後は職探しをするという人は、今の金融危機がアメリカやイギリスの金融以外の業界の採用にどれほどの影響を与えているのか(あるいは与えそうなのか)、日本企業の採用はどうなりそうなのかということを出来る限り情報収集した方がいいだろう。転職支援会社の人に見通しを聞いてみるとか、どこかの会社で人事の仕事をしている知人や先輩がいるならそういう人に尋ねるのもいいかもしれない。また、日本人卒業生のネットワークがしっかりしているMBAなどに行く場合は、「就職氷河期」と言われた頃に留学していた人の話なども参考になるかもしれない。せっかく留学してきちんとした知識やスキルを身につけたのに、万一にでも不況で企業が採用を絞っているという「タイミングの悪さ」のせいで仕事が見つからないというようなことになっては、浮かばれない。

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